福岡県太宰府市にあります宝満宮竈門神社に参拝しました。
祇園神社の須佐之男命様のお話もふまえてのこれからについて、
御祭神である玉姫様(*1)にお話を伺いました。

今ある都市は、海抜の低い、平らなところに人が密集して住んでいる場所が多くて、自然がなくて。
そういうところは、本来人が住みたい場所じゃないですからね。
今回の感染症騒ぎで、都会というのは、物流が止まってしまって、商店が閉まってしまうと何もないところになることがはっきりわかったと思います。
そういうものがなければ、何もない、生きていけないところです。
そういうところにたくさんの人が住んでいることが自然に反しているということが、よく分かったと思います。
ですから、わかった人は、生きていける所、もっと自然の多い所に移動しています。
感じる心を持っている人は、気持ちよく暮らせるところに移動しています。
その動きはとても自然な動きで、それが必要なことです。
本来は廃墟みたいなところに無理をして住むこと、都会という名前にしがみつくということが愚かなことだということに、もっとたくさんの人が気付くようになります。
これまでの感染症騒動の間、自然は猛威を振るっていません。
わかりますね。人間がおかしなことをしていただけです。
それが変わります。
これまでは人間の悪さに影響されなければ大丈夫でした。自然と戦う必要は全くありませんでした。
人の本来の心に戻ればよかっただけです。
文明社会のやり方から離れて、自分の心と体を基準に正常な生活に戻ればよかっただけでした。
ですがこれからは、自然を抑えるということを少し緩めますので、本来の自然の力が発揮されてくるということです。
自然と戦う必要はありません。戦ったら、必ず人間が負けます。
戦うのではなく、その自然の動きを感じて、天の気を読んで、自分が心地よく過ごせるところへ移動したり、生活を少し変えたりすればよいということです。
最近の大雪はその兆候ですか?
冬に雪が降るのは、大して異常ではありません。
大雪と言っても、たかだか100年そこらの情報だけで判断しています。
例えば今回の雪が観測史上最高と言っても、それほどにうろたえることではないのではありませんか。
無理をしなくても住める所にし住みましょう。
寒いところが好きな人もいるし、暖かいところが好きな人もいます。
それはそれぞれの身体に聞けばよい。
ただ、人が住んではいけないところに住むと大変なことになります。
そして、人間が予定通りと言っていることが、たかだか100年程のことだということも覚えておいてください。
想定の範囲内が狭すぎます。
ですから、そこを越えたらすぐに自然の猛威が始まったと思うのは早合点ですし、人間の予想の範囲を超えるというのは、その程度で終わると思うのも早計です。
想定は難しいと、何が起こるかわからないという想定でいて、なにが起こっても驚かない、それに対して、落ち着いた心で対応していってください。
想像力を働かせてください。イマジネーションを広げるようなものがたくさん世の中には生まれていますから、それらに触れて自分の想像力の範囲を広げておくのもいいかもしれません。
予定通りでないことに慌てたり、腹を立てたりしないこと。
何でも起こります。それを楽しむくらいでいてください。
いろいろなことが起こるときには、いろいろな形で知らせてくれるものがあります。
自然とか、天の気とか、情報とか。
ですから、周りを楽しく観察することを忘れないようにしてください。
別の言い方をすれば、世界の可能性は無限大なのです。
悲観することもないですし、思い方ひとつです。
信念を持ち続けること。
そして、自分と相手を信頼するということが大事です。
そうすると、お互いを信頼する世界ができていきます。
信念をしっかり持って、たどり着きたい世界をしっかりと思い描いて、
素直にそこへ進んでいってください。
すべての人が幸せに暮らせるように必ずなりますので、希望を持ち続けてください。
ありがとうございます。
<宝満宮竈門神社について>
古来、「縁結び」、「方除け」、「厄除」の神様として信仰されている竈門神社。
主祭神に玉依姫命(たまよりひめのみこと)をお祀りしていることから、魂(玉)と魂を引き寄せる・引き合わせる(依)という御神徳を慕われ、古くから「縁結びの神」として広く信仰されてきました。「縁結び」とは、男女の「良縁」をはじめ、家族、友人、仕事、自然などとの良いご縁を結んでいただける神様として広く親しまれています。
また古くは、大宰府政庁の鬼門除けとして、また、大陸へ渡る人々がこれから進む航海(道)の安全と事業の成功を祈願したことから「方除け」、「厄除」の信仰も篤く、現代においても、新たな生活をはじめる方や、人生の節目を迎えた方々などが参拝に訪れ真摯な祈りが捧げられています。
創建以来千三百五十年を越える長い歴史を引き継ぎ、これから未来へより一層信仰の輪を広げ、多くの人々の神様として、親しまれていくことを願っています。
<歴史>
天智天皇の御代、九州一円を統治する大宰府政庁が置かれた際、鬼門にあたる竈門山(宝満山)では大宰府また国家鎮護のための祭祀がはじまりました。頂上の上宮が建つ巨岩の下からは和同開珎をはじめ皇朝十二銭や奈良三彩など、奈良時代から平安初期に国家的な祭祀が行われていたことを示す数々の出土品が確認されています。
天武天皇二年(673)、開山心蓮上人が山中で修行中、にわかに山谷震動して貴婦人が現れ、「われはこれ玉依姫の霊、現国を守り、民を鎮護せんために、この山中に居すること年久し。」などと告げ、金剛神に姿を変じ九頭の龍馬に駕して天を自在に飛行しました。心蓮上人は直ちに朝廷にその旨を奏上すると、朝廷の命によって上宮が建立されました。
宝満山が大宰府政庁と密接な関係にあったことから、最澄や空海をはじめ、遣隋使や遣唐使など大陸へ渡る人々が航海の安全と、目標達成のために登拝し、祈りを捧げた山として大切に守られてきました。
中世以降は修験者による信仰が盛んになり、険しくも秀麗な宝満山の姿に多くの山伏が憧れ、厳しい修練を重ね、世の平安と人々の除災招福のための加持祈祷が行われました。
江戸時代の博多の禅僧で著名な仙厓和尚も宝満山に魅了された一人で、頂上下の竈門岩の伝承に深く感銘し「仙竈」の文字を大書して「仙厓敬書」の銘を刻みました。
竈門神社は、承和二十二年(803)に従五位上が授けられ、その後徐々に位階を進め、嘉承元年(1106)には正一位を贈られ、『延喜式』には名神大社にも列せられました。そして明治二十八年(1895)、竈門神社は官幣小社に列せられました。
現代においても、縁結び、方除け、厄除の神さまとして多くのご参拝をいただいているほか、桜や紅葉の名所としても親しまれています。歴史と文化が息づく太宰府の街に、人と人の心が通い合う祈りの山として、これからも大切に守り伝えられていくことでしょう。
(宝満宮竈門神社ホームページより)
*1<御祭神について>
宝満宮竈門神社の御祭神は、「玉依姫命」となっています。
しかし、斎は、「玉姫命」さまに繋がります。
福岡県久留米市所在の高良玉垂宮に伝わる『高良玉垂宮神秘書』第7条 皇后の妹 に
「皇后の妹は二人 一人は宝満大井 もう一人は河上大明神 豊姫である」と記されています。
河上大明神は、佐賀県佐賀市の與止日女神社の淀姫を指します。豊姫であると書かれていますが、調査の結果、淀姫、豊姫は別人であることがわかってきました。
また、宝満大井というのは、宝満宮竈門神社の御祭神のことを指します。
神功皇后の妹ということですが、ここで、福井県敦賀市の気比神宮の由緒の中に、
「神功皇后は天皇の勅命により御妹 玉姫命(たまひめのみこと)と武内宿禰命(たけのうちのすくねのみこと)を従えて筑紫より行啓せられ参拝された。」と記載されています。
神功皇后の妹は玉姫というお名前なのです。
つまり、宝満大井の妹とは「玉姫命」です。
本来は「玉姫命」だったものが、なんらかの理由で「玉依姫命」という名前に入れ替わってしまって現在まで伝わっているのではないでしょうか。
LINE公式アカウントを始めました。
友だち追加していただくと、ブログの更新など最新情報をお届けします。

この記事へのトラックバックはありません。