自分の存在と心に自信を持て 祇園神社 須佐之男命



2022年1月21日
宮崎県五ヶ瀬町にあります祇園神社に参拝しました。
宮司さんのお話によると、1月19日に祇園神社境内で神様会議が開催されたとのこと。
その内容について、御祭神の須佐之男命様にお尋ねしました。

祇園神社の裏にある祇園山



先日、神様会議が開かれて、これからの地球の行く末を話し合われたとお聞きしましたが、
内容をお聞かせ願えませんでしょうか?

モミの木の御神木



すべて伝えることはできんが、尋ねたいことがあれば、話してやらんでもない。



ありがとうございます。
お聞かせいただける範囲で構いません。どのように決まったのでしょうか?


これから、少し気候に変動を加える。

自然の力を取り戻す。
その結果として、天の気が変わる。
自然が本来の力を取り戻すということだ。

災害が起きぬように自然の力を抑えることをやめる、ということ。
自然のエネルギーがその本来の力を発揮することになる。


私たちは、生きとし生けるすべてのものが生き生きと暮らす世界を目指しておる。
そこに向かって、ゆがめられている自然の力を元に戻すということ。
ゆえに、自然の力をゆがめて人間の為に利用している部分があれば、その利用しているものは破壊される可能性が出るということ。

今までは人間の好きにさせておったようなものだが、
これからは、人間に対して庇護を加えず、本来の自然の姿に戻すということ。

自然と共存して生きていこうとする者にとっては、なんら問題はない。
豊かな自然とともに、そのサイクルを知り共存していくという方向で気持ちよく暮らせばよい。



しかし、それを越えて、己の利益のために自然やその他のものの本来の姿を大幅に変えて利用しようとする者にとっては、それができなくなる。

それは欲の度が過ぎているということである。
もちろん、人が生きるために必要なものまで利用させないということではない。

己の利益のためだけにすべてを利用し破壊し尽くすのではなく、
生きとし生けるもの、周りの環境、地球のこと、他の生きているもののこと、
あらゆることを考えて行動していくように改めればよいということである。

我々はいたって、明るく楽しく会議を開き、明るく楽しくそうするようにと決まった。

自然の目から見れば、本来の世界、本来の力、本来の状態に戻すというだけのことであるから、
大変喜ばしいことである。それを喜ばしいと感じる者もたくさんいるはずである。
生き生きとした自然の中で、生き生きと暮らせばよい。
それに不都合を感じる者は、自分の行いを見直すべきである。
どこで何をしようとしているのか。

その場所でしてはならないことをしようとしているために不都合なことが起きる。
不都合なことが起きた時に、ここではいけないのだということを認めて、行動を変えればよい。

別の場所でならばできるのであれば場所を変えること。
場所を変えてもできないことをやろうとしているのであれば、やめること。

大災害が起こるとすれば、そのきっかけを人間が作っているということである。
ならぬというものを、己が欲のために無視して強行しようとすれば被害は大きくなる。
考えればわかる事であると思うがのう。


もし、実際に働いている者が、やりたくもない仕事をさせられていると苦しむのであれば、
苦しみながら従うのではなく、従わない選択をすればよい。
上の者が間違った指示を出していると思うのであれば、その指示に従わないこと。
共ににその事業に携わっておれば、自分が犠牲になることになる。
そのような場合、実際に事業・作業に携わっている者は、

やってはいけない、やるべきではない、やりたくない、と感じるはずである。
その時に、今までは仕方なく従ってきたであろうが、そこで仕方なく従うのではなく、

従わない選択をして、潔くその場を離れた方が良い。
実際に、その現場に当たっている者が一番よくわかっているはず。
いかに上の者が指示を出しても、実際に手を下す者がいなければ、事を行うことはできない。




何についてもそうである。
やりたくない、やってはいけない、悪いことだと思うのであれば、

自分一人だけでも手を下さない選択をすればよい。
その者自身については、己の選択をするというだけで、特に罪はない。
大きなもの、たくさんのものに対して指示を出し、大きな力を持っている者ほど、罪が重いのであるから、責任はその者が取ることになる。




真っ当な世界になっていると信頼して、自分の感覚、思い、気持ちを大事にして、
気持ちよく生きられるようにすればよい。

神は誰も害そうとしていない。
ただ、本来の姿ですべてのものが生き生きと生きられる世界に戻そうとしているだけである。



もう時が来たということで、皆一致して、その方向へ行くことでよいなということで、
一応の了解を取ったというだけである。

皆すべてわかっていること。あとは楽しい宴会をしただけだ。


どこの目から観るかによるが、素晴らしい世界になることは変わりない。


地震はたくさん起きる。ただ、大きな地震ではなく、小さな地震がたくさん起こる。
数は増えるかもしれない。しかし、致命的なものが起こる予定はない。
いらぬことをしなければよい。

水は増える。

噴火する火山はある。ただ、一つの火山が噴火して、それが地球全体にとって致命的になるような大きな火山の噴火は予定されていない。

地球の自然のエネルギーが活発化するということは、地面が動き、火山が噴火するということは、ごく自然の範囲で起こる。
過去に活動していた火山が再び噴火するということもあるかもしれない。



例えば何かに気が付いたとて、すべてを一人で背負う必要はまったくない。
自分ができることをすればよい。
できることは必ずある。
たった一人でも、どんなにちっぽけな一人でも、できることは必ずある。それを忘れないこと。
自分にできることをしっかりと見極めて、腹に力を入れて、行動を起こすこと。




周りを恐れさせたり、悲しませたりする必要はまったくない。
喜ばせるようにすればいい。

みんなが喜んで楽しい生活ができるように意識を変えさせればよい。
辛いこともあるかもしれんが、必要以上に辛いことを作り出す必要もまたない。
どんな事柄でも、気持ちよく楽しくすることができる。
悲しまず、苦しまず、明るい前向きな心で取り組んでいくことができる。

ある事柄を、重大な、できない、難しいことだと感じさせるよりも、
簡単にできることだと感じさせて、いつの間にかできるようにしてしまうことの方が価値があると思わんか。

難しそうに見えるけれども、これをひとつやれば変わる。
こんなに簡単にこれができるぞと教えてやることの方が価値がある。
そうすればいい。



すべての者を明るい気持ちにさせながら、生きる喜び、生きる楽しみを与えながら、世界を変えていくことができる。
苦しまなければ世界は変えられないということは一切ない。
誰にも知られずに、にこにこ笑いながら、何もしていないように見えて大きなことを成しておる者もおる。

その方がすばらしいと思わんか。



やり方を考える必要がある。そして、とらえ方次第である。
たちどころに、今ここから、変わることができる。
誰のせいでもない。

すべてを背負う必要はない。
すべての者に大きな可能性がある。

ゆえに一人一人、自分の存在と心に自信を持って、自分が正しいと思うことを、
本当にやりたいと思うことをしていけばよい。

それを成すことは、とても喜ばしく、喜びに満ち、楽しい、活力のあることであるはずである。
すべての者がその心持ちで行動するようになれば、いつの間にか世界は変わる。

変っている。

苦しむことは一切ない。
ゆえに、日本神界の神々はいつも宴会を開いておる能天気な奴らだと思われておる。
それで良い。


災害に遭いたくないなら、どこか災害に遭わないところに移動すればよい。
賢く、明るく、楽しく選択していけばよい。

日本神界の神々たちは、いたって明るく、楽しく宴会を開いておる。
それを地上にも実現すればよいことである。


気が付いておる者がたくさんおる。素直にそのようにすればよい。



間違ったことを考えておる者は、そのうちいなくなる。

ゆえにそちらに気を使う必要はない。
自分の幸せと心を信じて過ごしておればよい。



自然を大事にすることは、自分を大事にすることにもなる。

そして、人間だけではないあらゆる存在を大事にすることにもなる。

難しく考えずに、素直な心に立ち返って真っ当に生きればよい。
そして、できる範囲のことをすればよい。

なにかひとつの事象に焦点を絞って、これが危険だからこうしようという意識でいるよりも、
天の気や周りの環境すべてに注意を払って、目を覚まして過ごしているという態度が必要というだけである。

変化があるのであれば、それに伴って変化していくこと。
今までと同じことを死に物狂いで続けようとしがみつかぬこと。

自然は変わっていく。それが宇宙の道理である。


至極当然のことである。



楽しく暮らす。
楽しく真っ当に暮らしていけ。
わかったな。



ありがとうございます。



<祇園神社について>

第二十九代欽明天皇の十六年頃、知穂郷に厄病流行し、疫病及び厄難消除の祈願守護神として創始祇園社と称し第五十五代文徳天皇の天安元年曽男神(素盞鳴大神)並びに冠八面大明神(闇霎神)に正五位下の神階奉授の古い神社であります。(文徳実録第九より)
第五十六代清和天皇の貞観十一年〔869年〕山城国(京都)八坂神社より素盞鳴大神を勧請、その他の諸神を合祀し八坂神社と改称。昭和十年祇園神社と改称現在に至っております。

たくさんの神様がいらっしゃいます。また、
とにかく、宮司さんが楽しい方です。一度、正式参拝してみてください。





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