感じたならば動き出せ。今、動き出せ。香取神宮 経津主大神 

2022年1月24日 香取神宮(千葉県香取市)に参拝しました。


香取神宮 正面鳥居
参道正面にある第二の鳥居で、鳥居の朱色と周囲の老杉の緑とが良く調和して、
神域の入口にふさわしい美観を呈しており、桜の時期は見事です。

経津主大神さまの荒御魂が祀られている奥宮でお話を伺いました。

香取神宮 奥宮入口  


香取神宮 奥宮 
香取の宮中、旧参道の中程に鎮座。経津主大神の荒御魂を祀ります。
現在の社殿は、昭和四十八年伊勢神宮御遷宮の折の古材に依るもの。



鹿島神宮との関係は?

同族である。

鹿島神宮で武甕槌大神を祀って治めた者たちと、この地で経津主大神を祀って治めた者たちとは同族である。
この地を平定し、その名の下に治めるために神を祀り、治める拠点として鹿島と香取を建てたということ。
要石はそれ以前からあり、地震が起こらぬように土地を押さえていた。
この地を平定した者たちは、この力を、この地域を平定するための力として利用したのだ。
この地を押さえれば、ここを東の端として以西は全て押さえることができる。
強い力で押さえられているため、その勢力の力は安定し、強い力を持つことになった。
そしてついに、国の中枢で力を持つところまで昇りつめた。


ゆえに、要石にその力があると見抜いた者たちはある一定の力があるということ。
土地が動かないように押さえるほどの力を持っているものであるから、その押さえる力を利用して国の実権を握った。その力を利用できると気付いて利用した者たちはとても賢い者たちである。

その力でこの国土は物理的に押さえられており、今まで政治的にも力を持ってきた。



要石
「鹿島、香取の大神、往古この地方尚ただよえる国であり、地震が多く地中に住みつく大鯰魚(おおなまず)を抑える為地中深く石棒をさし込みその頭尾をさし通した。香取は凸型、鹿島は凹型である。」
伊能穎則 「あづま路は香取鹿島の二柱うごきなき世をなほまもるらし」
要石 (香取神宮は凸型)

今後はどうなるのでしょうか?

土地を押さえる力は変わらない。
しかし、国を支配する力はなくなっている。
かつては力で支配していたから、力で押さえる要石が有効であった。
しかしこれからは力では支配できない。ゆえに要石の力は支配のためには働かないということだ。
土地に対してはそのまま働く。なので、このまま維持することで良い。現在のようにきちんと祀り守っていればそれで良い。

しかし政治は、力では押さえられない時代に変わった。

土地は動かないようにすれば良いが、水は押さえられない。水は動かないようにすることはできない。水は天の気が動かす。天の気は留まらせることはできない。
これからは土地ではなく、天の気が力を持つ。

空気、大気、空間、気、そして意識、思想、情報など、形のないものが力を持つ。
それは動く。動くのが当たり前で、留めることはできない。



それを感知して人も動く。
形あるもの、動かないものにしがみついている者は、動かないものと共に沈む。
手を放せ。手を放して流れていけばいい。流れていけば死ぬことはない。流れていけば、時の流れによって新しい瀬にたどり着くことができる。
新しい瀬にたどり着いて新しい人生を始めればよい。
しがみつかずに、時の流れ、時代の流れ、その時の風、空気、情報を読んで流れに乗っていけば、自由に大きく新しい地平を開いていくことができる。



しがみつく者は、苦しみ沈む。
これまでのものにしがみつくのは得策ではない。土地が沈んでも、新しい選択をして新しい土地で暮らせばよい。
今までのものにしがみつくな。新しいところで、新しく始めればいい。



これまでとは違う新しい自分を発見し、新しい人々と共に、新しい世界を、新しい社会を生きていけばいい。今はそうするべき時。変わる時、変われる時、変えるべき時、変わるべき時である。
何が重要か、それをちゃんと見極めて、重要でないことは変えることを受け入れていけば苦しむことはない。
しかし、ただひたすらに今までと同じことを続けることに執着する者は、苦難に遭っていると感じるであろう。
その手を放せばいいだけ。己の頭の中を変えればいいだけ。

何も大変なことはないのに、しがみつく心が苦難をもたらす。


流れをしっかり読み、新しい流れの中で最高の毎日を生きていく方法を見つけよ。
変わることは変えられない。自分の力で感じて、見つけて、判断して、決めて、次へ移っていくこと。

それができない者は溺れるかもしれないが、それはその者の定めとなる。
その者の選択の結果であるから、仕方がない。


神は誰も助けない。神は変わらずそこにその形である。
知らせている。しかし、気付かぬ者、気付こうとしない者を助けることはできない。
一人一人が気付いて、判断して、幸せを選んでいってほしい。
厳しいかもしれぬが、生き残るには己の感受力と判断力を使うしかない。

かつてこの地を利用した者はとても賢い者たちであった。賢い形で利用した。次の時代へ移れば、別の利用の仕方があるかもしれぬ。人の社会でどう利用できるかは人が判断すること。
上手に利用すればよい。


自然の動きは止めることはできない。感じ、観察して、賢く判断すればよい。
何も心配することはない。

心を鎮めて、静寂な心で、なんどきも、時の流れ、変化を感じてゆくこと。
とどまっていては流される。押し流されて溺れ死ぬ。

とどまっていては、押し流されて溺れ死ぬ。

自分の頭を働かせて、流れに飲み込まれないところへ移動すればいい。
頭を働かせて、歩けばよいだけだ。
流れに飲み込まれるのでなく、流れの外から観察すれば、どこへ行けば良いかは一目瞭然。
ぬくぬくと何も見ずに現状にあぐらをかいている、ぬるま湯に浸かって安穏としている時ではない。
安穏としている時ではないとわかっているのに、安穏としていることにしがみつく。
その心は災いをもたらす。
気が付いた者は、心に従って素直に動けばよいだけだ。

なにも無理なことは言っていない。自然の流れである。


次第に変わっていく。
それを感じて、感じたならば、動き出せ。今、動き出せ!
今ならば、動き出せる。
しばらく過ぎれば、走って逃げなければならなくなる。
今から動き出せば、自然に変わるその波に乗ることができる。
時を逃さず心のままに動くこと、それが生き残る道。


すべてはもたらされる。それを見つけて使うのは人間側の力量である。
必要なものは必要な時にすべての者にもたらされる。
気づかぬ者が多いだけ。
すべての者にサインはもたらされる。必要な物ももたらされる。機会ももたらされる。
重要な機会であれば、何度も何度ももたらされる。
気づかぬ者は何度も何度も気付かぬふりをして、そこに留まろうとする。

それは自分の選択。
そして、欲しいものとは違う結果を得ることになる。
その時に神を呪っても、それはお前が選んだのだと言うしかない。


ひとつひとつ気が付いて、ありがとうございますとそれを得て、少しずつ変化していった者は、
何の苦労もなく幸せに暮らすことができる。

神はすべての者に幸せに暮らしてほしいと思っている。

地球を、豊かで美しい素晴らしい星のまま維持させようとしている。
人間もその地球の一部である。良くも悪くも特別だと思わないこと。地球の循環の中でその存在に託された働きをすれば良い。己を慎み、素晴らしい能力は使い、おごらず感謝して、自然を見て、周りを見て、共に生きる心で生きて行けばいい。人は互いに協力して繁栄していくものであるということを忘れぬように、その態度を忘れなければ、末永く幸せに暮らすことができる。

甘えは己が甘えとして、それぞれの者が背負うことになる。
それを選択した己の責任だと思って背負っていけ。すべては己の選択。



大いなる恵みがもたらされている。こんな豊かな土地はない。素晴らしい土地、素晴らしい場所、素晴らしい地球。それに気付いて大事にすること。気付いて末永く共に生きていくこと。
賢く選択していくこと。幸せを求めて選択すればよい。




経津主大神様、お話くださってありがとうございます。




境内案内図
香取神宮の境内図(香取神宮のホームページより)


<香取神宮について>

下総国一宮で、近代社格は官幣大社。勅祭社であり、宮中の四方拝で遥拝される一社。

御祭神は経津主大神。

鹿島神宮と、茨城県神栖市の息栖神社とともに東国三社。江戸期まで、伊勢の神宮とともに、鹿島神宮と合わせて、神宮号を許された神社三社のうちの一社。

諏訪大社(長野県諏訪地方)も加え、「関東の軍神は鹿島・香取・諏訪」と称される(関東三軍神)。

古くは朝廷から蝦夷に対する平定神として、実際、鹿島神宮とともに大和朝廷による東国支配の拠点として機能したとされ、また藤原氏から氏神の一社として崇敬された。

境内西方に要石がある。形状は凸型。地震を起こす大鯰を押さえつけて地震からの守り神として信仰されている。鹿島神宮にもあり、鹿島・香取の要石は大鯰の頭と尾を抑えていると言われる。

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香取神宮 本殿裏側



<経津主大神について>

経津主神(ふつぬしのかみ、正字:經津主神)は日本神話に登場する神である。『日本書紀』のみに登場し、『古事記』には登場しない。別名はイワイヌシ(イハヒヌシ)で、斎主神または伊波比主神と表記される。『出雲国風土記』や『出雲国造神賀詞』では布都怒志命(ふつぬしのみこと、布都努志命とも)として登場する。『常陸国風土記』に出てくる普都大神(ふつのおおかみ)とも同視される。

香取神宮(千葉県香取市)の祭神であることから、香取神、香取大明神、香取さま等とも呼ばれる。経津主神は、香取神宮を総本社とする日本各地の香取神社で祀られている。

『日本書紀』巻第二の第九段本文によると、葦原中国へ派遣された天稚彦(アメノワカヒコ)の死後、高皇産霊尊(タカミムスビ)が諸神を集めて次に遣わすべき神を決めようとした時、選ばれたのは経津主神であった。すると、熯速日神(ヒハヤヒ、甕速日神の子)の息子武甕槌神(タケミカヅチ)が進み出て、「経津主神だけが大夫(ますらお、雄々しく立派な男の事)で、私は大夫ではないというのか」と抗議した。こうして経津主神に武甕槌神を副えて葦原中国を平定させることにした。

一方、『古事記』では経津主神が登場せず、思金神(オモイカネ)が天尾羽張神(アメノオハバリ)もしくはその子の建御雷神(タケミカヅチ)を送るべきだと天照大御神に進言する。天尾羽張神が建御雷神のほうが適任だと答えたため、建御雷神が天鳥船神(アメノトリフネ)を副えて葦原中国へ天降った。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』





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